構法の編成にもとづく建築の設計手法
渡辺――
でしたら、後半の方を始めさせていただきます。暗くなってしまってあれなんですけど。そしたら、地球感受の「居る」空間の設計手法でありまして、これが終わると「祈る」空間設計といたします。3つ目はですね、ちょっと質が違っていて、設計の段階の中で「もの」の組み方という構法の編成に基づいて地域−地球型建築を作るという話として、タイに作った孤児院兼学校の天翔ける方舟について説明をします。
これに関しては、天翔ける方舟は学舎の名称で、虹の学校というタイとミャンマーの国境にある孤児院兼学校の学舎です。建築の条件なんですが、元々の条件と話し合いで決まった条件が重なって、この赤い4つの条件が定まりました。機能としては教室、遊び場ってあるんですが、孤児ということで色々心に痛みを抱えてる人たちが多いので、朝夕とお祈りをするということが定められてました。 性能としてはお金もほとんどないようなところだったので、 空調等の機械は入れられない状況ですから、タイの中で機械使わずに良好な室内環境を可能な限り実現するということが望まれてました。3つ文化的なことですが、これは伝統的な建築技術を継承できるのか。それは当然ながら継承したいということがあるんですが、それじゃどうしようもない部分は、有効と考えられる現在技術も導入します。あと、先ほどの祈りの空間があるのと同じなんですが、心的な機能としては子供たちの心の拠り所になってほしいということが願われてました。

まずですね、今回はパッシブかフィールドかというよりは建築を作っていくにあたって、条件を定めていくために、地域のフィールドっていうものをちょっと見ていくことと、そこにどういう構法があるのかっていうことを読解していきました。タイの伝統的な工法って、木造高床、もう一択です。これは蒸暑気候で風通しが良くなきゃいけないということと、あとは草葺きな屋根で日射を遮蔽する、あと草葺きにおける若干なりとの断熱性に期待するということなんですよね。これも最適であることも分かりきたことでした。
ただし、「じゃあそれをすればいいじゃないか」ってあるんですが、それができない状態があってですね。2010年の社会状況なんですが、タイって元々山林がものすごい多い国なんです。けれども原生林を伐採しまくって、その代わりに天然ゴムを植えています。天然ゴムの林も綺麗なんですが、こういう状況になっています。なので、建材用の樹木はほぼなくなってですね、それを伐採したらダメだということになってました。 ですので、木造高床がデフォルトでありそうなのに、それはできないということがあります。仮に木を買おうとすると日本より高い値になってました。とてもじゃないが手が出ないということでした。 その一方でですね、木が使えないということが若干反映されてるのか、コンクリートブロックによる倉庫だとか住居というのは散見されてました。 ただし、これはかなりよろしくない温熱環境であるということが見て取れてというか、要は、さして分厚くないこういったブロックの壁に対して、蒸暑地域ですから相当蒸し暑くなるんじゃなかろうかっていうことが言えるわけですね。 ただし、組積造みたいなものを導入する可能性はあるんじゃないかということが、こういうところから感じられました。
結果として何をしたかですが、この組積造、現在見られる構法というものをコンクリートブロックじゃなくって、それを自分たちで作れる土嚢の建築に読み替えて、下部構造はつくって、上部はですね、 実はタイってバンコクがメガロポリスなので、こういったミャンマーとの国境でも、金属足場っていうのは簡単に手に入るという面白い状況があって、構造は単管でやることにして、その代わり、現地で今でも手に入るこの草葺きの屋根マットみたいなものだとか竹のマット、おばあさんたちが内職でこれ作ってるので、そういうのが今でもありましたから、それを使うということにしました。

こういったことで、なんか面白そうなのできたってなりますけれども、先ほど言ってたパッシブシステムができるのかってことですね。基本的に日射遮蔽はいいとしまして、夜間通風はもし熱帯のままだったら、単に暑い風が夜に吹き抜けるだけで、 「蓄冷どころか蓄熱するよね」ってことがあるんですけれども、実はですね、後で言いますが、この土地は夜になると気温がぐっと下がります。なので、この下部構造の土嚢のところは断熱かつ蓄熱が期待できました。土嚢ドームの壁厚は400㎜を超えますので、 蓄熱だけじゃなくて、この厚さでもって断熱性能が期待できたということですね。あとは、強烈な日射に関してはでかい屋根をかけて、草葺きの葺き方を通常民家の2倍も厚く葺いたので、これによってどうにか日射の遮蔽をするということと 上がツーツーなので通風が取れるような状況もしたわけです。

その結果ですね、こういう空間が子供たち、先生たち大人気になったんですが、 元々彼らは半屋外みたいなとこが大好きなんですけれども、それに加えて、すごい涼しいんですね。そういったことがどういう風に起きたのかっていうことをちょっと説明します。ここの土地は別に標高高くないんですが、外気温が赤いもの見ていただいていいんですが、 Max37度とかになるのに対して、夜間、がこっとこう気温が下がっていって、午前7時ぐらいに17度ぐらいになります。これはものすごくラッキーなことで、夜に冷え込むことを蓄冷で使えるっていうのがわかったわけですね。それ使った結果、このブルーのラインですが、これを見ると、ブルーのラインが土嚢の中の室温なんですが、Maxで37の外気温で30度ぐらい。夜に17度ぐらい下がってる時は20度ぐらいっていうことで、 室温の上下の幅が10度ぐらいに収まってるということがあります。ただし、20度から30度というのはどう評価してるか、わかんないって話があるかと思います。
そこで夜間など通風を活用した躯体づくりをやってるんですが、これだとポンチ絵みたいなもんなんで、だから適当なんじゃないかってあるかもしれないので、もう少しちゃんと見ていくと、 これは、その当時の同僚の建築環境工学の田島昌樹先生と研究室の皆さんにやってもらったんですが、 熱中症指標であるWBGTの観測をしますと、土嚢ドームのWBGTは、この青いところが安全領域なんですが、全時間通して、ほぼ全てが熱中症にならない温度で収まってるということがあります。 機械を使わずに夜間通風だけでそれを成し遂げたという話はかなり大きな成果だと考えてます。
次に、フィールドの読解で、どういう風な価値でもってあの建築を見たのかってことですが、これは伝統的な構法と現代構法の混成を行いました。先ほど同じような図ですが、組積造を導入するというのは、「コンクリートブロックの家があるね」ってことで、現在性の反映です。上部構造ですが、単管を使うというのはもうこれ現在性の反映で、ただし、草ぶき屋根だとか竹の床を使うというのは伝統的な構法で、そういったことの合わせ技によって建築構法の更新を図りました。下部構造の土嚢ドームですが、これが基礎を兼ねるので、単管のこの華奢な材ではこれだけで活用するのは構想的に難しいから、高基礎を兼ねさせました。上部構造は足場で組んで、そこに草葺き屋根を葺いています。 床は現地の方が竹を加工するのは非常にうまい。これは農家の方なんですが、ここの成人は鉈1本で竹を操れるようにならないと成人とみなされないみたいなので、全員がむっちゃうまいです。なので、僕はなんもできないので、現地の方がすっとこれやってくださったので、そうやって高床は吹いたという話があります。



結果できた空間ですが、見てくれは先ほどと一緒で、下部が3つの土嚢ドームで、上に高床部が乗ってて、滑り台が滑り降りています。ドームのうちの1つには民族意匠で被覆をして、そこでお絵描きなんかをして、地の教室と呼んでる場所があります。 その上部は高床部で主に竹によって被覆された床と壁があって、草葺きの屋根があるところがありまして、これは高床の空間です。地球感受の空間ですが、今まで大地と天が繋がりますっていうことをずっと言ってましたが、 ちょっとありようが変わることがあります。何が変わるのかということですが、 タイのもう凶悪な太陽の日差しを日中、見上げても、「太陽の恵み」って絶対思わないですっていうのがあって、目が焼けますし、あるいは、どちらかというと憎らしい感じが日中はあるわけです。そういうことが反映されているからかタイでは洞窟信仰が盛んで、洞窟内にタイの仏教寺院っていうのはよくありまして、こういった地球の感受の仕方では大地がベースで、上からほのかに光が差し込むみたいなものが地球感受のあり方としていいんじゃないかということを考えたわけです。それは土嚢ドームに託しまして、いわゆる洞窟的な空間が必然的にできるような土嚢ドームなんで、それでもって洞窟を表現して、その上から、 非常に明るいですが、実は間接的にハイサイドライトの光が漏れてます。これを地球感受の空間としています。



あと、機能的なことですが、この建物は断面ゾーニングしてまして、お祈りをするところが左の方の土嚢ドームと上の空間です。逆に勉強するとこは右の方に分けてるんですが、 何を言いたいかと言いますと、先ほどの地球感受の空間って実は2つあって、この右の方は水平方向に空に抜ける空間があるんですが、この両者が地球感受の空間として成り立っていて、それがお祈りの空間でもあります。 なので、朝の祈りの場は土嚢ドームで行って、夜は上で行うということで、要は、地球を感受するとは、元々垂直な開けを得る空間なので、祈るという概念とイコールなわけですね。この場合は、さらに機能としてお祈りをするということを完全に重ねてしまって、地球感受ということと祈るということが完全に重ねあうような様態にしています。あと、補足なんですが、実はこの天翔ける方舟ができる前にコンクリートブロックのお家は散見されたんですが、これができた後にですね、下部コンクリートブロックで上部木造みたいな家がちらほら見えるようになりました。これは確実にそれが影響したとは言い難いんですが、ただし、建設当時にはなかったので、やはりああいった建物があって、それに何かしら影響を受けた場合に、こういったことができるようになったのかなっていう風に推測しています。 ですので、何か個別的なものが単にできたというよりは、あの地域で建築の工法の更新がささやかながら図れたのではないかという風に捉えています。