序論

渡辺――
私の経歴は以上のことでやめまして、ここからは博士論文の内容について改めて紹介させていただきます。論文題目ですが、「地域−地球型建築の設計手法に関する研究」、サブタイトルとしまして、「パッシブシステムの導入とフィールドの読解をとおして」という風なものとなっています。

この目次ですが、これ全部読み上げると長くなるので簡単に説明しますと、1章は序論、2章では 地域−地球型建築というものは元々定められてるものでもないので、それが何なのかっていう定義をしつつ、それがなぜ必要なのかということを定めています。第3章では、サブタイトルにあるパッシブシステムの導入手法、あとはフィールドの読解手法ということをここで改めて取り上げています。 4章以降は自身の手がけた10個の建築作品及びプロジェクトについて、 それを題材にまとめているものです。

4章はその概説です。5章6章はサブタイトルにある2つの手法をそれぞれ分けて論じています。5章はパッシブシステムの導入に基づく建築設計手法を示してます。6章はフィールドの読解に基づく建築設計手法を示しています。これは自身が手がけた建築作品を題材にして、その手法を改めて見ているということになります。7章に関しましては、5章6章でパッシブとフィールドに分けてしまってるんですが、これ改めて統合して地域−地球型建築の設計手法としてまとめ直しています。8章は結論になりまして、各章の要約をするとともに、研究から得られた知見についてまとめています。

ここからは一応、この目次の流れに則りながら内容を説明させていただきたいという風に思います。まず序論ですが、背景としましては実は人が生きていく、十全に生きていくということを脅かす2つの社会不安について挙げています。 これ、言わずもがなのことが書いてますが、1つ目は自然環境が悪化してしまっているということ。地球の温暖化をはじめとして、それの影響であまり考えてなかったように自然災害が頻発しています。もう1つは、地域空間が変容を続けすぎているということ。地域空間なんて変容するものなんですが、第2次世界大戦後はそれがあまりにも著しいということがありまして、 都市へは人口集中が過剰に行われて、それと裏腹に地方は過疎化を進めて、 限界集落だとか消滅集落が起きていることがあります。



こういった時に地域−地球という今考えてる枠組みがどう関係あるのかですが、自然環境の悪化という時に、これはまた言わずもがなですが、環境問題というものは地域の問題にとどまらず、地球規模の問題なので、地球ということは当然必要だということになるかと思います。 2番目の地域空間の変容は、それが起きているのは地域なので、そこだけの問題を解決すればいいってところはあるんですけれども、先ほど少し触れましたように、あまりにも地域の変容がすさまじくて流動的すぎますので、そこだけを対象にしていく中で何かしら不安を解消していくのは難しいと考えます。 なので、地域を支えている母体である地球という枠組みを、改めて含めてみないと問題の解決ってのは難しいんじゃないかという風に思ってます。 ということで、以上2つの不安に対しても、地域−地球という枠組みがやはり必要ではないのかということを考えております。

目的なんですが、まずはこの地域−地球型建築というものは、定まった概念はすでにあるものではないので、それを定義することです。 2つ目はこの論文の題目である設計手法を示すということです。その設計手法なんですが、1つ目はパッシブシステムの導入に基づくもので、これは自然環境へ適用していく手法です。2つ目はフィールドの読解ですが、これは文化環境へ適用する手法について示していきます。バラバラだと仕方がないですので、最終的にはこの2つの手法を統合していく手法を改めて示すことで地域−地球型建築の設計手法としています。


環境ということなんですが、先ほどちらっと出てきたように、自然環境と文化環境の総合としています。本来はこんなことを言わなくていい話がありまして、バナキュラー建築は世界の民家なんですが、元来は環境というのはこんな自然環境だとか文化環境に分別するものではなくって、あくまで総合体としてあります。 ただ、20世紀においてその両者がやや分かれてですね、追求されてきたんですが、やはり21世紀になった今、バラバラのものだと仕方がないので、総合体としての環境の捉え方が改めて要求されているという風に考えています。建築関連5団体が2000年、「地球環境・建築憲章」というものを示していて、こういう総合的な環境を5項目として示してます。ということもあって、極めて理に叶う設定ではないかという風に考えております。


ちょっと文字が多くてややめまいがするようなページですが、既往の研究と本研究の位置付けについてちょっと示していきます。 ここに4つの題目がありますが、大きく大事なのは2つのことだと位置付けています。それを見ていきますと、 この研究はやや大袈裟かもしれませんが、時代が変わろうとしてる時に必要となる建築概念を建築の根っことともに示すものだという風に位置付けています。ちなみに、そんなものは何があったのかってことですが、20世紀は前半にモダニズムというものがありまして、 異論もあろうかと思いますが、ル・コルビジェの『建築をめざして』をその宣言書としてもいいのじゃないかと思います。

それを終えた後にポストモダニズムという時代があって、 そういったのはチャールズ・ジェンクスなのですが、それ自体の意味のありようみたいなことより、ロバート・ベンチューリの『建築の多様性と対立性』が本質だと考えています。こういったものは、 単に新しい概念を示したというよりは、建築をめざしてという言葉があるのから分かるように、 ずれてしまったことに対して再び建築の根を奪還していくということが含まれています。

本研究に関しては、もう21世紀になってまして、割とべたな言葉ですが、環境の時代だとする時に、 改めて環境に適応する建築のあるべき姿というものを示す宣言書だという風に考えています。これも新しい概念を示すということではなくて、元来建築が持つべき根を問いながら、それを示すということが本研究だという風に考えています。2番目は、先ほど言ってた環境についての捉え方ですけど、総合的な環境に適応する建築のあり方を示すものだという風に捉えてます。 これについては戦後、瀬尾文彰氏が1970年代『環境建築論序説』というのを書いてまして、さらに2009年に『無窮と建築』、彼の遺稿になるんですが、そこで総合的な環境建築について論じています。本研究においても、自然環境と文化環境っていう風に分別するのではなくって、 それが総合されたものとして環境を設定してますので、2番のようなものにも位置付けられると考えています。 3、4につきましては、サブタイトルにある手法をそれぞれにおいて既往の研究があるよというようなことを示してるに過ぎないところがありますので、これについては割愛いたします。