パッシブシステムの導入手法

渡辺――
これは論文においては3章に当たるとこなんですが、それをもう少しかいつまんでまとめています。これがまずあるんですが、地域−地球型建築というのは基本的に実存ができる建築だと思っていますので、「いる」ということを可能にする建築なんです。 それを作るためにパッシブステムの導入とフィールド読解は有効なのかってことですね。有効じゃなかったらこれもうおしまいになってしまうので、当然有効であろうと頑張っているんですが、こういう疑義を改めて出しておきます。順番はパッシブ、フィールドになっているんですが、まず、フィールドというものと地域-地球の関係についてお話ししたいと思います。

ここはノルベルク・シュルツに出てきていただいて、彼がフィールドの構造をやや再編しているんですが、概ね間違えじゃない、ちょっと載せてますけれども、 彼は構造を絵で描いています。先ほど示したこのしょぼい絵なんですが、円盤みたいなものがあって、真ん中に中心があって、垂直軸がぴょんって出ていますっていうことで、この構造が実存的空間の構造で、これがある限り、人は実存できますよみたいなことを言っています。ただし、もう1つ、シュルツが言っているこれには段階があって、これはちょっとややこしいんですよね。現代を除くと、段階というのは住居、都市、景観、あと、最後に、宇宙論的段階というのは基本的にはありましたということを言っていて、ただし、20世紀以降は人類が共有できる宇宙論もありゃしないから、これはもう地理の段階になってしまうんだ、という風になっています。なので、段階に関しては、 圧倒的長い時間を刻んできたのが上の方で、宇宙論で最後落ち着くものです。ただ、20世紀以降はそのようなものはありはしないから、地理的な認識として「ここはヨーロッパだよ」とか「ここは太平洋だよ」みたいなそういう地理的認識だけが最後にあるというんですね。ただし、シュルツはこのどの段階においてもこの上の構造が成り立つと言っています。



この言説を改めてまとめるとどうなるかと言いますと、実はこれ分離します。古代の方は宇宙論っていうものに支えられていますので、入れ子でどんどん段階が、ちっちゃい住居から景観まで行って、最後宇宙論まで行ったら、宇宙論ということがあるが故に、それは全ての段階を貫いて垂直軸が出てきます。が、ここが太平洋だとかヨーロッパだよみたいな地理的認識しかないとしますと、そんなものに垂直な開きはどうあっても発生しませんから、シュルツの言うことはおかしくなってしまっていて、じゃあ現在は実存はもう絶対できないということになると思います。ここら辺で結局彼が段階のことは言葉だけであげていて、構造だけ図解してる。ある種ちょっと変なところがあります。

そういう時に本当に今の時代は地理的段階しかないのかと、あるいは大海原を見たり山の端の空を見た時に何かしら日常を越えたような感動を持つようなことが誰にしもあるとなると、それは地理的段階しかないとすると発生しない。だとしますと、その捉え方がやっぱり違っていて、現代においても宇宙論的なものと地理的なものが重なるような場というものがやはりあるんじゃないかという風に見ざるを得ないかと思います。そうなった時に、要は垂直を導く宇宙論的なものと、 あとは地理的認識のマックスとしての領域として地球というものがあげられるんじゃないかという風に捉えてます。これは一旦分離してしまった地理的段階と宇宙論的段階を総合したものが地球じゃないかという風に捉えています。その内側にある住居、都市、景観っていうのは地域の段階ということで変わらずでいいと思いますが、こうじゃない限りはどの段階でも垂直軸が立ち上がるということは不可能になります。なぜ立ち上がるのかというと、全ての段階の背後には地球があって、それが宇宙論に支えられて、垂直軸を導くからであるという風に捉えています。


こう捉えますと、フィールドというものには構造の段階を見ていただくと、地域−地球の2重性をそもそも定義的に提示しているんじゃないかという風に考えています。そうなった時に、フィールドの構造に叶う建築は一体何かというと、地域の水平な領域に関して読解して、そこに応答することで、対応できるかと思います。ただし、地球とかいうものは読解対象にならないので、地球においてあるということが、主観的に受け止められる、要するに地球が感受されているということが、同時に必要じゃないかということを考えます。

続きまして、ちょっと矢継ぎ早ですが、パッシブと地域−地球はどうなのかってことです。パッシブシステムというのは一般に日本のある地域だと基本これで、要は夏と冬、夏は日射の遮蔽をして、気温が下がる夜間に通風を施して躯体蓄冷冷房するという左のような図ですね。冬期においては太陽の高度が下がってくるので、南面大開口から集熱して、 蓄熱帯で熱を蓄えて放熱するというもので、 要は自然を利用して省エネルギーを獲得する技術だっていうことが一般的なことかと思います。

ちょっとこれにとどまらない部分がありまして、 実はパッシブあるいは総合的な環境建築やってる方たちがとかく言っています。 例えば小玉祐一郎さんはパッシブ建築の大御所ですが、日本で住まいと自然を一体化させるっていう話は、基本的には宇宙を意識して自己を取り戻す儀式の場として住まいを考えてきたからじゃなかろうかということで、こういった考え方がパッシブの根本だよみたいなことをおっしゃっています。 瀬尾氏は、環境建築を定義すると自然の作用を通路にするんだけれども、そのことによって宇宙に自己の位置を定める建築とかなりでかくなってきて、なんのこっちゃわからなくなってきていますが、そう言わざるを得ないようなことだということですね。


私のパッシブの恩師の井山さんは、太陽建築の原理、パッシブアーキテクチュアというものは、 「母なる地球 父なる太陽」の対句じゃなきゃいけないということで、どれもが、単に自然をめでて、それを楽しむことが大事だよっていうことを超えたような言説をとにかくしているということがあります。これがこのシステムにおける精神的な価値だと思っていまして、これ僕が言っているわけじゃないので、こういう言説がとかく目立つんですよね。となりますと、パッシブシステムというものは精神的な価値のことにおいては、自然を根源的に感受することに価値を見出しているということがあるかと思います。省エネルギーだけですと要は高気密高断熱で、窓を最小に絞って、最小限の空調でしのげばいい話なので、そうじゃないことの価値があるから、多分パッシブが採用されているということがあるかという風に考えております。



そうなっていく時に、パッシブの導入に基づく建築というのはどうやって作られるかというと、1番目は技術的なことなので、自然利用によって省エネルギーを可能にすることですね。 2番目は、精神的価値の問題が入ってくるので、自然を根源的に感受することが可能な建築であるべきだということです。 この時に感受されるべき自然ってどんなようなものだといいのかってことなんですが、要は宇宙すら感じる自然ってことなんだけど、なんとも言えない話になってきます。その時に1つですね、解答に近いものにはなるのかなということはパッシブシステムの性質そのものを成り立たせるものを太陽系視点で書いてみるということです。


これは恩師の井山武司さんによるパッシブシステムの図解なんですが、家というものは太陽系の惑星、地球に立っていて、そこにある適正なフォルムとしてあるべきだということもおっしゃっています。 なんかこのように北緯35度にある家型が冬季、 あと夏季の時に太陽からの平行光線を日射遮蔽して、あと日射取得の絵が描かれているということで、このように自然のありがたみみたいなものを宇宙的なスケールから描き出しているってことがあります。ただ、この図でそういうことかと把握したとして、問題があります。

問題の前に一旦まとめますと、パッシブシステムの導入に基づく建築はまずは1番目は変わらないです。2番目ですが、 自然の根源とか言うとちょっとどうしようもない部分があるので、宇宙的な存在としての地球を感受することが可能ということです。ここで改めて見ると、パッシブの方も地域−地球をなす概念と言えますし、地域−地球ということを含む方法であるということが言えるかと思います。


次に問題なのは、宇宙的な地球を感受するなんてことは可能なのかっていうことについてです。 というのもですね、先ほど井山さんの描いた右上の図を上げましたが、これは宇宙船なんかに乗って遠くから星としての地球を見なきゃいけなくて、 今のところ難しいですし、単にそれを見たとしても、ちっちゃな丸い青い星として地球が見えるだけなので、そういうことが見えりゃいいってことじゃないかと思います。その一方で、左にある地域視点ですね。地球の大地の上にたって、温熱環境的に素晴らしいねって思うことがあっても、そこで宇宙的存在の地球を感受するのは難しいってこともあります。なので、これ相互問題があるんですが、我々はあくまで立っている視点は左の方だと思います。なので、 大地の上に立ちながら、それでも宇宙的存在の地球が感受できるということが必要じゃないかということがあります。

という時にありがたいのは、美術的な表現のありようですね。今更こんなものかって思うかもしれませんが、要は、ランドアートだとかアースワークというものは大地に立ちながら、ある表現的な枠組みを定めることで、 地球において夕日を眺めたり空だけを眺めたりする過程で、何かしら日常的な自然とは違ったものを感受できるような、象徴的なものとして捉えるようなことができる技術はここにあったりするという風に考えています。こういうような技法を援用すると、大地に立っていたとしても、宇宙的な存在としての地球を感受することができるんじゃないかという風に考えております。

こうやって改めてまとめていきますと、地域−地球型建築を作る時に、まずはフィールドの構造に叶うということと、もう1個はパッシブシステムに温熱環境の調整だけじゃなくって、そこには根源的な自然、宇宙的存在としての地球を感受するということが織り込まれているので、それを導入すること、それは感受できないとしょうがないので、大地に立って地球を感受できるという3つが重なっていくことが大事だということに考えています。これによってようやく地域−地球型建築が可能になるという風に捉えております。


ここまでが概要で今のところは元々しんどいゾーンで、 皆さんきつかったと思いますが、そろそろ終わりますので、今から具体的なことになるのでちょっとほっとしていただけたらいいのかなと思います。ただ、言わざるを得ないところなので、もうしんどいやろうなと思いながら話していました。ここからは具体的なお話にはなります。