素材と断面を配する – 前半

柳室|

3つ目の「素材と断面」です。構造設計の道具としては、材料を選ぶということと、断面を選ぶということ、それからスパン配置を考えるということが主にやっていることです。物理的な理由で決まることはあるんですが選択肢がたくさんあって、構造を現しにしている場合は特に空間に与える影響は大きいと思っています。

柱や梁の見え方をかなり意識して設計しているという話なんですが、 もちろん好みの話があって。ある人にとってはいい、ある人にとってはそんなに良くないってことあるとは思うんですが、音楽に例えるとわかりやすいかなと思っています。なんとなくいいものって、感覚的にやられていることもあるんですけど、意図的にある程度コントロールすることもできると。意匠がメロディーだとすると、構造はコードとかリズムみたいなことを扱っているなと思っています。

最初に提案された空間を実現しようとした時に、構造で使う柱や梁をどういうサイズ、あるいはどういう材料で組み立てていくかということで、その空間の見え方が変わっていく。経済的なところっていうのは当然考えるんですが、僕は、ボサノバのような建築と言っていますが、雑誌に載らないような建築でも「なんだか心地いい」と思える建築をこれからも色々やっていきたいと思っています。どうしたら心地よいかを意識してやっていくことが結構大事なんじゃないかなと思っています。

これは学会賞を受賞した𩵋谷さん〈𩵋谷繁礼建築研究所 / 京都工芸繊維大学 特任教授〉の〈郭巨山会所〉というプロジェクトになります。 祇園祭は京都にいらっしゃったら皆さん行かれていると思います。今、全部で28個の会所があるんですが、木造の町家として残っている物件がすごく少なくなってきていて、四条通りでは今回の郭巨山と月鉾という2つの町家だけが木造として残っていました。最初は事務所ビルに建て変わる話もあったんですが、やはり価値がある建物だから残すべきということで、京都の町づくりセンターから𩵋谷さんの方に声がかかったという流れなります。

図版 魚谷繁礼建築研究所

これが元々の会所の状態で、前の方に母屋が残っていて、庭を挟んで後ろ側に蔵があるという状態でした。ボリュームと床面積から考えると倍ぐらいの面積にしないと足りないということがあったので、ボリュームをどこに追加するかという課題がありました。提案した内容としては、このように2つの棟を繋ぐような形でボリュームをつけてあげるとちょうど面積を確保できるということで、いろんなスタディを経た上でこの形でボリュームを追加することになりました。断面的に見ると、上側が元々の状態で下側が追加された部分です。前の方にある母屋の部分、増築部分、それから後ろ側の蔵の部分と、3つの要素があります。

図版 魚谷繁礼建築研究所

まず既存がどういう状態かを調べました。 既存の建物は築100年ぐらいの建物なので鉄筋コンクリートの基礎はなくて、礎石立ちでアンカーボルトが緊結されてない状態でした。既存の耐震要素というのは土壁が主体で、「靱性型」という大きな変形をするいわゆる伝統木造で作られていました。

特徴的なこととしては、梁間方向(短手方向)の耐震要素は基本的にない状態、 逆に桁行方向(長手方向)は壁がたっぷりあるという状態でした。後ろ側の四周囲まれた蔵は、見ての通り四周壁が分厚い壁があるので、これ自体は特に改修の必要がない状態でした。

意匠的には蔵も含めて全体で一体化するような形になっているんですが、構造としては「その部分を一体化してしまうと後ろだけが固まってしまうので分けるべきだろう」と最初から考えていました。なので、前の2つのボリュームをどういう風に解くかが大きなテーマでした。1番スタンダードに考えると、全て木造で対応するということが考えられるんですが、3階建てということもあるので耐力壁の場合は2mぐらいのものが2m間隔ぐらいで出てきます。あるいは半剛接ラーメンを使う場合は、柱のサイズ、梁のサイズが比較的大きくなってしまうということがありました。

木造で統一できるというメリットがあるんですが、閉鎖的な、あるいは部材寸法が大きくなってしまうと。オール鉄骨案の場合は、構造計画としては明快で、耐震性は簡単に確保できるんですが、既存建物が伝統木造ということがあるので、元々持っている習性や物理性能を生かしきれてないんじゃないかと。あともう1つは改修の建物に時々やられるんですが、弱いところだけを局所的に鉄骨で補強する方法があるんですが、これは応急処置的な構造計画になってしまうので、汎用的でないし、バランス的には確保しにくいので良くないです。

そこで、既存の木造を基本的には残して、足りない方向だけに鉄骨のフレームを入れるということを提案しました。 鉄骨でフレームを考えた場合は、木造だと360mmというサイズが必要だったものが125mmという寸法で成立させることができます。そうすると、元々の 木造の柱が120角や130角でできているので、材料は違うんですが断面寸法を揃えることができると。そうすると、見せ方によっては木造で大きなものを入れるよりも親和性があるんじゃないかというような見込みで提案しました。

この右側のアクソメ図にあるように既存の部分は耐震補強的にこのフレームを後から追加していて、増築部分が3階建てになるんですが、その部分は先に鉄骨のフレームを立てて在来木造を上から被せるような形で作っていくと。

構造計算としては、伝統木造なので限界耐力計算というものを実施しています。 今回、「3条その他条例」という法律を使っています。伝統的な建物を残すために建築基準法を適用するんじゃなくて同等の性能を有することを確認することで許認可をもらうシステムなんですが、それを使って申請を進めました。 構造的にも新しい試みだったので、外部の保存活用アドバイザーの方のアドバイスもいただき、計算内容の妥当性を議論しながら進めました。

構造のシステムとしては、水平方向の抵抗の働き方が梁間方向と桁行方向で違うということになるんですが、鉄骨フレームに抵抗するのは梁間方向で、フレームが桁行方向に力を受けた時は力を負担しないようなディテールを用意しています。長手方向には鉄骨の梁は入れていなくて、木造にあてがうような形でフレームを追加しています。増築の部分は先に鉄骨のフレームを置いて、その上から木の梁をかけて床で繋いでいます。このフレームとが1つのキーワードになって増築部分と改修部分で同じシステムを採用していることが特徴と思います。

施工としては、真ん中にジョイントを持ってきました。力が横からかかると曲げモーメント図というのはスパンの真ん中の部分で0になります。改修の部分では鉛直荷重を負担していないということや、増築部分もスパンが小さいので、中央部分でモーメントが0でも成立することを確認した上で、2つの分けられたフレームを搬入して真ん中でジョイントするという簡易な方法で建て方を実施しました。既存の建物は上からフレームを入れることができなかったので、1回庭に下した後に下から入れています。増築部は上から先に鉄骨のフレームを入れて、後から木の建て方を行うという手順になります。

森田|

これ、真ん中のところがピンのジョイントになっているのは、こういう風に2つに分けて建て方ができるようにするためですか。

柳室|

そうです。なるべく少ないピースでということとフランジにボルトが登場するような、いわゆる剛接継ぎ手が必要ないようにしてるということです。剛接継手が出てくると、鉄骨で補強していることが現しとして出てきてしまうので、であればこの方法は難しかったんだろうなと。

森田|

組み立てる建て方のやりやすさと、ジョイントが見えてこないことによる木造の建物への親和性というか。

柳室|

それが大きいと思います。これはセンタージョイントと言って1箇所で接合するので、どうしても精度が求められてしまいます。なので、一般的にはあまりやらない方がいいと思われてます。梁のねじれといった誤差を吸収できないのですが、固めている要素が少ないので、動き代があると判断しましたこの黒く見えているのが鉄骨のフレームで、濃い茶色部分が既存、少し明るめのところが新しく足した木です。

森田|

この場合は改修なので、既存の骨組みに対して調和させるというのはよくわかるんですけれど、 例えば新築の場合に、先ほど言われていた寸法や梁の断面を整えるってのは、結構自分の意識というか判断になりますね。

柳室|

そうですね。でも、梁を決める時も建築家の方が「今回はこんな感じで」ということが多いんです。 「細い幅でいきたい」というような。なので、スタート地点として「幅はこれでいこう」あるいは「ピッチはこれでいこう」、というように先に何かあることが多いですし、その方が走り出すことができる。そこからバリエーションが生まれるというところはあるかなと思います。

図版 魚谷繁礼建築研究所