質問タイム – 1

森田|

では一旦、このあたりでお聞きしておきたいことを色々と質問していくといいかなと思います。じゃあ、まずは僕から。大学院の時は構造を専門でやっておられなかったという話なんですが、 「構造の世界に飛び込みました」みたいなことでなんとかなるものなんでしょうか。学生みたいな質問ですけど。

柳室|

なんとかなると思います、はい。なんとかなりました。

森田|

実際に構造設計事務所で働くっていうのは、どういうものなんですか。

柳室|

実際に実務でやる時に使う計算、電卓を叩いてやるような計算っていうのは、四則演算が分かれば、あとExcelが使えればというレベルなので、対応はできると言っていいと思います。ただ、例えば建物全体の骨組みの解析をする時に全部手計算やりきれるかというと、実際にはできなくて、解析プログラムを使ったりします。解析プログラムは自分で作ってるわけじゃないので、プログラムがどういう風に動いてるか、計算結果が妥当かどうかを判断できる程度に理論が分かっていれば対応できると思います。

森田|

向き不向きみたいなのはあると思われますか。

柳室|

向き不向きはもちろんあると思います。向いてる人っていうのは、すごい単純な話ですけど、イコールの左側にあるものと右側にあるものが一致するっていうこと、ピタッと合うっていうことに快感を覚えられる人。計算力っていうよりも、整合してないと気持ち悪いという感覚を持ってる人なのかなと思います。

新しいものを生み出すデザインとは違って「こういうものを組み合わせて足していくと、こういう結果になる」みたいなことに喜びを得られる人っていうのが向いているかなと思います。なんでこの状態で放置できるんだっていう曖昧な状態でいられる人もいるんですけど。構造ではそういうところは大事なこととしてあるかなと思います。

森田|

スイスで課題をやっている時って、デザインする建築家の人もいれば、構造の方も同席しているような感じでしょうか。

柳室|

同席していました。アイデアを作る時は建築家の人がサポートしているので、アイデア自体は建築家の人がいいと推しているものだと思うんですよね。 そういう意味では建築家もどういう答えが構造から上がってくるかが気になっているはず。「こういう風にしたら面白くなるかもしれないけど、あとは構造の人と相談してみましょう」っていう感じなんです。

森田|

その場で「何ができて、何ができない」みたいな。

柳室|

そうですね。すごいスピード感だったのを覚えています。「具体的にどういう風に作るか」ということも話をしていて、なんでも知っているんだなと思いました。本当のところは計算しないとわからないんでしょうけど、経験的に「とりあえずこれぐらいで」っていうのを言えるかどうか。作ることを具体的に分かっている人が構造の人だと思いました。

森田|

すごくリアルな話になるってわけですよね。

柳室|

そうですね。あとは後ろ向きなことはあまり言わなかったと思います。もちろん学生の課題 だったというのもありますけど、前向きに発展させていく方向の話をしていました。日本で設計演習をやってる時は、そういった構造家の登場の仕方ってあまり当時はなくて、全部決まりきった後に「成立するでしょうか」みたいなやり取りがあったような気がしますけど、 あまり構造家のポテンシャルみたいなものを感じる瞬間はなかったので、新鮮に感じました。

垣内|

いやー、構造家らしいレクチャー。柳室さんが「常々、理想的な建築家でありたい」って志して20年以上経ったと思うんですけど、具体的に理想的な建築家像ってどういうことなんですか。

柳室|

僕が考える理想的な建築家と他の人が考える理想的な建築家は違うと思うんですけど、「今あるべき建築を設計する」ひと。

垣内|

学生諸君が多いので、「あるべき建築」っていうのは具体的にどういうことを言っているのかを言ってもらえた方が学生もこれからの将来に役立つかも。

柳室| 

そうですね。「あるべき建築」っていうのが僕もはっきりと言葉では表現できないのですが、僕が考える理想的なっていうのはいろんな価値観を許容するような…。難しいですね。

垣内|

作品がまた出てきたら、その時にそういう話が出るのかなと思っています。

柳室|

そうですね、回答はもう少し後でさせてもらいます。

参加者|

違う分野に行きたいと思ったことはありますか。

柳室|

構造は自分もやったのでわかってきたんですけど、設備や環境ってまだ伸び代があるなと思っていて。構造をやり始めたのも、建築を取り巻く周辺のものに興味があって、そういう意味では1番興味があるのは環境ですかね。ちょっと環境をやることを考えたこともありましたけど、構造はそれだけで全うできるぐらいの深くて広い分野なので、今のところは考えていないという感じです。

参加者|

柳室さん自身は留学をしたことで構造家に出会ったと思うんですが、構造の分野に出会う前、 学生時代はどういったところに根拠を見出して設計していましたか。

柳室|

大学1年から3年生ぐらいまでは根拠はなかったというか、でっち上げていたような気がしますね。最後、形に落とし込むときに「なぜその形にしないといけないか」みたいなところはあんまりはっきりとしたものはなくて。フリーハンドでなんとなく降ってきたものを形の根拠として、そこからスタートしていたところはあると思います。

僕の印象としては、建築家の方もあまり根拠を持たずに、まず筆を取るみたいな方もおられるんじゃないかなと。建築家の方が持っているバックボーンというか何か揺るがないものが根拠になっているんじゃないかなと思っていて、それはいいと思うんですよね。0から1を生み出せる人が思い描くものを一旦信じてみるということは自分としてはあり得ると思っています。自分としては根拠がないと動けなかったという話ですね。

森田|

では、引き続き具体的なお話をお聞きしながら、また色々と質問をさせていただこうと思います。