独特の素材へのアプローチと、創作の方法論で、2022年のU35展でその異才ぶりが話題になった、甲斐貴大さんのレクチャーのアーカイブです。


日時 
2022.12.17(土) 稲盛記念会館 1F 102 教室 15:00 ~ 

ゲスト|甲斐 貴大〈studio archē / 東京藝術大学 教育研究助手〉

プロフィール
Takahiro KAI / 甲斐 貴大1993 年宮崎県生まれ。2017 年東京藝術大学卒業。木材を主材とした作品を制作しながら、大学在学中の 2016 年、設計から制作までを一貫して管理する工房として studio archē 設立。東京都南品川にアトリエを構え、絵画や工芸分野の素材・技法の研究をもとに家具、什器、彫刻、インスタレーション、建築に至るまで、領域とスケールを横断した設計・制作を行う。2021 年より東京藝術大学美術学部建築科教育研究助手。主な作品に「as it is」「MUSU」「MTRL Taipei」など。

司会|森田 一弥〈京都府立大学准教授〉


はじめに

森田|

それでは,記念すべき第1回の京都府立大学でのレクチャーを始めさせていただきます。よろしくお願いします。

甲斐さんをご紹介する前に、この会の開催に至った経緯をちょっとお話させてもらおうと思います。僕が府立大に着任したのが2020年で、コロナ の流行とともに,それまでいろいろな場所で開催されていた、大阪のアーキフォーラムとか、いろんなレクチャーも全部なくなってしまいました。

当時入学した学生は本当に刺激がなかっただろうなと思うんですけれど、 ようやく、こうやって人が集まって、こういう場所を作れるようになってきたので、コロナでの2年間のブランクを取り戻すように、皆さんが交流できる場所を作っていけたらなと思って企画しました。

レクチャーのチラシ

僕が甲斐さんに最初にお会いしたのは半年ぐらい前に,府立大に非常勤で来られてる、服部大祐〈Schenk Hattori〉さんの改修中の事務所にお邪魔した時に、「家具を作ってくれてる甲斐さんです」みたいな感じで紹介受けたのが初めてでした。その後,服部さんの事務所が主催する小さなレクチャーで、甲斐さんのお話をしてすごく面白かったという話を聞いて、僕はそれに行けなかったので、ぜひお話を聞きたいと思っていました。

辻先生(※ 辻 槙一郎・京都府立大学 講師)も東京芸大から府立大に来られて、レクチャーを企画しよう、いろんな人と出会う場所を作りたいっていうことで、2人で意気投合して、その日にメッセージを送って、お返事いただいてこの日に至りました。

甲斐さんの紹介は割愛させていただき,今日はたっぷり時間を取ってあるので、 思う存分お話をしていただき、一方的な レクチャーというよりは、皆さんにその都度質問していただいて、わいわいがやがや議論したり、質問したり、説明したりしながら3時間過ごせればと思いますので、遠慮なくその都度、質問投げかけてもらえればと思います。

では,甲斐さんどうぞ、今日はよろしくお願いします。

甲斐さん自己紹介

甲斐|

ご紹介いただきました甲斐と申します。

レクチャーのハードルが上がってて不安なんですけど、 結構マニアックな話がレクチャーに含まれているので、レクチャーというよりは議論ができるように、適宜止めていただいて、質問とかツッコミを投げていただけたらなと思います。

私は1993年生まれで、今29歳です。2013年に東京芸術大学に入学し、2016年、大学4年生の春に、studio archē(読み:スタジオ アルケー)という屋号で独立をしました。

あんまり話さないんですけど、studio archēのこのarchēっていうのは、建築の語源(arkhē + tektōn)の片っぽからとっています。アルケーのもう片方はテクトンで、テクトンはテクトニクスですね。匠とか技術とかそういう意味合いがあって。アルケーの方は原理とか理(ことわり)という意味があります。

どうしてもモノをつくると、もしくはモノをつくることができると、そのつくることに対する喜びが少なからずあって。 DIYとかもそうですけど、つくることへの喜びとか、祝祭性みたいなのに、浸っちゃうところがあるんですよね。そういうのを愛でてしまう感じがすごくよくないなと思っていて、自分に対して。なので、モノをつくること、そういった技術は前提として、何をつくるかっていうところを考えていきたいっていうのがあって、このような名前にしました。めっちゃ読みづらいんですけど。

2017年に大学を卒業して、2019年から母校で非常勤講師として構造と材料の授業を担当していました。2021年からは金田充弘さんの構造研究室で教育研究助手をしています。

studio arche アトリエ

甲斐|

私は東京の大崎というところに70㎡ほどのアトリエを構えています。

アトリエがちょっと変わっているのは、アトリエの3分の2のスペースが工房になっていて、 3分の1のスペースが設計、デスクワークをするスペースになっています。スタジオとアトリエを併設してるような形で、考えたことをすぐアウトプットして、アウトプットしたものからフィードバックして設計するっていうのを、環境的にも行き来できるような形で、設計と制作をしています。

扱うマテリアルはかなり多岐にわたるんですけれども、個人作品で主材にしているのが木材なので、木工の機械は一通りあります。製材ができる機械ですね。手押しかんなとか、自動かんなとか、横切り盤とか。ボール盤や角のみ盤、木工旋盤とか基本的なものが一通りあって、あとはレーザーカッターや3Dプリンタ、CNCルーターですね。基本的にアトリエは1人で使用しているので、自分が設計してる時に、レーザーとかCNCにつくってもらって、みたいな感じで、リソースをフル稼働してなんとかやってるような感じです。

アトリエ(設計スペース)
アトリエ(工房スペース)

制作

甲斐|

今年大阪で展示がありまして、その時に、これまでの制作を振り返る意味で、これまでどんな制作をやってきたかを集めてみました。これが2017年 で2018。これも一部なんですけど、2019、2020、2021、2022みたいに(スライド見せながら)、結構思ったよりつくってて。特徴的だなって自分で思ったのは、意外だったんですけど、ここに出てるものは全部制作をしてるんですね。最終アウトプットまで。それがやっぱり自分の設計にとって、今のところ、切り離せない部分なんだというのがすごくよくわかりました。考えることとつくることをどちらもやるということの、自分にとっての重要性みたいなものに、気付きました。

よくコラボレーションワークをやっていて、建築家であったり、デザイナーであったり、 アーティストと協働して何かものをつくるということが多くあります。

例えば、これは建築家の門脇耕三さんの自邸の家具なんですけれども、建築家の浅子佳英さんと、協働で設計をして、制作と施工を私がやるっていうようなかたちでやっていました。

あと、これは表参道のGYREという建築の吹き抜けのインスタレーションを、アーティストの藤本明さんと協働して行ったものです。このときは全体のデザインと、制作、施工をしていました。

GYREでのインスタレーション

これはちょっと時間があったら後でお話しようと思いますけど、建築家の元木大輔さんと一緒にやっていたスツールをハックするプロジェクトで、アアルトの名作のスツールにささやかな機能を付加して、100パターンをつくるっていうプロジェクトです。

あと、これは中山英之さんとやっていた「きのいし」というプロジェクトです。 もしかしたらご存知の方もいるかもしれないですが、紙で石をつくる「かみのいし」というプロジェクトが最初にありました。その展開で、それを木でつくりたい、とか、紙なんだけど什器として使いたい、という相談が中山さんからあるんですね。その時にどうやってディテールとかマテリアルを解けば、それが成立するのかっていうところを設計して、提案してつくるっていうようなことをやってます。

「きのいし」

一方、個人ワークの方は、学生時代のものも含みますが、木材を主材にすることが多くあります。木材に限らずなんですけど、ある素材の「素材らしさ」っていうのをよく考えていて、例えば木材ってひとくくりに言われる材料の中にもものすごい幅があるんですよね。例えば、ラワンはチープであるとか、シナはちょっと良いとか、ウォールナットは高級である、みたいな感じ、なんかあるじゃないですか。

あと、もっと大きく言うと、木材はあたたかいとか、落ち着くとか、そういう素材に対するレッテルにすごく疑念を抱いていて。学生時代に、木材があたたかいってなんだろうとか、いやそもそも木材ってなんなんだろうとかっていうところを考えるようになりました。一般的に言われる表層的なところじゃなくて、木材の木材らしさっていうのはなんなのかについて考えて、制作をするみたいなことを学生時代からずっとやっていました。

これは木材に限らず、マテリアルに関してもそうですし、建築における様式とか、構法とか、構造とか、当たり前のように受け入れてしまうようなことを、いちいちこう問い直すみたいなことをやりたいなと思っています。自分の目で見たこととか、自分で考えたり、自分で実験したりしたことを信じたいみたいなところがあります。

森田|

すいません。早速質問ですけれども、大学4年生の時に、工房を構えたということですけれど、そういうことをやる人ってあんまりいないんじゃないかなと思うんですが、学生の時に工房を立ち上げようと思われたきっかけとかってありますか。

甲斐|

学生の頃、すごいとんがってたんですよ。辻さん(辻 槙一郎 / 京都府立大学 講師)が笑ってますけど、たぶんめちゃめちゃとんがってて。自分は学生時代からずっと制作をしていて、大学院に行くことも考えていたんですけれども、大学院に行ってから就職して独立するっていうのはあるじゃないですか。ただ、その学部中に、もしくは学部の後独立するっていうのって、 今しかできないなと思って。大学院に行くのはいつでも、なんならいまからでも行けるので、そっちに振った方が面白いなっていう感じで独立はしました。

もう1つあったのは、自分は卒業制作で学生時代に抱えていたフラストレーションを全て吐き出したいと思っていて、それをデビュー作にしたかったんですね。そこから自分のキャリアを走らせたいと思っていたので、だったら、大学院とか就職とかではなく、 もう自分の名前を持ってスタートしていた方が、その後がやりやすいかな、みたいなことを考えて。

実際にはそんなに考えてなかったかもしれないですけど、独立するのってすごく簡単じゃないですか。紙を1枚出せばいいだけなので、それぐらいの、学生の無知さで独立をしましたね。 あれなんですよ、天邪鬼なので、たぶんその、マイノリティな方にベットし続けるみたいな、生きている上での人生の選択肢においては、そっちをやってる感じがします

森田|

じゃあ、作業場所が欲しいとかそういう話ではないですね。自分が作家として、学部の時に活動を始めるっていうことですよね。

甲斐|

そうですね。あとめちゃめちゃ、自分は環境に恵まれていて、これだけ人生で誇れるんですけど、周りにいる人とか、周りにいる大人ですかね、すごいに恵まれているので、なんとかなるだろうみたいなのもあったんですよね。ダメにはならないだろうな、みたいな。そういうのもあって、 独立できました。あと、そういう大人に独立をそそのかされたっていうのもあるんですけど。いま京都市立芸大で教員をされている砂山太一さんが、私が芸大の学部生だったときに博士で芸大にいらっしゃって、学生時代よく一緒に制作をさせていただいていて、独立をそそのかされたっていうのもあります。

森田|

そそのかす人、大事ですね。

甲斐|

だから、自分も学生をそそのかしてます(笑)